結婚式 良かった 演出

式なんてとあまり乗り気でなかった彼が涙で誓った永久の愛

彼は結婚についてはとても消極的で、私たちの事実婚はもう四年も続いているのに「結婚しよう」とは言ってくれず、最近私はこのままで良いのかと真剣に悩んでいました。私はただの都合の良い女なのではないのか、そんな思いも大きくなって行きました。

友達からももういいかげんにあきらめて他の人を探したら、などと言われ、本当に追い詰められたような気持になっていました。結婚がすべてではないと言っても、私の周りの同年代の人はどんどん結婚して会社を辞めて行くし、やっぱりそういうのを見ると羨ましいと言う気持ちが強かったのです。

そんな日々が続き、私の二十八回目の誕生日がやってきました。私は今日こそ彼に自分の気持ちを伝え、別れようと心に決めていました。その日、彼は洒落たレストランを予約していてくれました。こういう所は気が付く人なんです。食事を済ませ、綺麗な夜景を見ていると、やっぱりこのままでも良いかな、とも思えてきます。誕生日おめでとう、彼が小さな箱を取り出し私に差し出しました。まさか…震える指でリボンを解き、箱を開けると可愛いデザインのトパーズの指輪が現れました。ずい分待たせたけれど、結婚してくれないか。それは唐突なプロポーズでした。トパーズの色が好きなの…ずいぶん前にそんな事を話した事があったっけ。私は思わず溢れる涙をぬぐいながら頷きました。安城で結婚式あげるならコチラ

結婚式は翌年の春、たくさんの人の祝福の中私は幸せの真ん中にいました。彼はと言えば誓いの言葉を言う時からもう涙で声を詰まらせて、続く披露宴でも感動の涙涙、この人を少しでも疑って、別れようと思った事を心底申し訳なく思いました。こんなに素敵な結婚式を計画してくれた彼をいつまでも愛し続けたい。そして彼の為に安らぎを与えられる妻になりたいと心から思っています。

予算が少ない僕たちでも心のこもった式が挙げられた…感謝!

もう七年も付き合っている僕たちは、そろそろ結婚しなくてはと話し合っていました。彼女の三十歳が目前に来ていたからです。待たせすぎるのは彼女にも悪いし、彼女の親の事も気になったからです。ただ、僕は仕事に恵まれず、生活するだけでぎりぎりの状態で貯蓄もありません。両親も商売がうまく行っていない為、援助も望めません。彼女の方もまだ少しの貯金が出来ているくらいです。「これでは結婚式はとうてい望めないね」彼女も半ばあきらめているようでした。僕の方はやっと中堅所のそれでもしっかりとした会社への再就職が決まり、これなら彼女との生活もきっとやって行けると確信したので、僕のアパートへ彼女に来てもらい、籍を入れる事にしていました。彼女もそれで良いと了承してくれました。

お互いの両親にその事を話すと、少しずつ援助するから簡単に挙式だけでも挙げた方が良いと言ってくれたのです。それで僕たちは結婚式場をいろいろとあたり、低予算で挙式が計画出来ないか探してみたのです。式場の方は親切にアドバイスして下さり、僕たちに相応しいプランを考えてくれました。

両親や結婚式場の担当の方のおかげで、本当に感動的な素晴らしい結婚式を挙げる事ができました。限られた予算の中で、こんなに心のこもった式が出来るなんてと彼女もとても感動していました。結婚式は挙げなくても二人の気持ちさえしっかりしていればそれで良いと考えていた二人でしたが、やはり式を挙げ、友人知人、親戚の人達にその決意を知ってもらう結婚式の意味を挙げてみて初めて解った気がします。

この日の事はきっと一生僕達を支えてくれると思うし、苦しい状況の中でこのような式を挙げさせてくれたお互いの両親に対して感謝を忘れず親孝行しなくてはいけないと、改めて心に誓いました。

同棲生活にけじめをつけて挙げた感動の結婚式

彼女とはもう三年も同棲生活を続けていました。夫婦ではないけれど、実質夫婦としての生活と変わりません。これから先もこの状態で良いのかと考えもしましたが、何よりこの自由さが結婚する事によって無くなってしまうのではないかと言う身勝手な心配もあり、踏み切れずにいたのです。

そんな時彼女に言われたのです。実家の方で見合い話しが持ち上がっていると。田舎に帰ってのんびりと暮らすのも良いかなと考えているとも…僕は平静をよそおいながらも少なからずショックを受けました。一晩じっくりと考えて、やっぱり僕には彼女が必要な事を思い知りました。彼女を失いたくない、僕は次の朝彼女に向き合いました。その見合いは断ってくれ、ご両親にも結婚を許してもらいに行くから。僕と結婚してくれないか。そんな事を矢継ぎ早に話したと思います。彼女がいない自由などは僕にとっては何の意味もないとわかったからです。

僕達の同棲生活は三年で終わり、半年後に挙げた挙式ではみんなの祝福を得て今は新しい生活を楽しんでいます。きちんとけじめをつける事の大切さも良くわかりました。同棲生活では味わう事の出来なかったであろう感覚、責任感はやはり結婚式を挙げて、皆に妻となる人を披露し始めて湧いてくるものだとつくづく思い知りました。

短い時間で無理を言ったのにもかかわらず、感動的な挙式と披露宴を演出して下さった担当の方にも本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

背中を押してくれた仲間のおかげで実現した僕たちの結婚式

結婚にはまったく興味がなく、彼女とは良きパートナーであっても、夫婦となって家庭を築くなどという考えはまったくない僕は、お互いのマンションを行き来しながら独身生活を楽しんでいました。それは男の身勝手にすぎないのだと言う事にまったく気付かないまま。それを教えてくれたのは職場の同僚でした。

いいかげんで彼女との事を考えないと彼女が可愛そうだろ、そいつは1年前に結婚し、近頃最初の子供を授かったばかりです。お前はそれで良くても、彼女だってもうすぐ30になるんだ、きっと内心では淋しい思いをしているぞと会社帰りの居酒屋で言われたのです。そんな事はない、彼女もこの生活を楽しんでいるはずだと、反論しようと思いましたが、そう言えば…と思い当たる事がありました。

彼女がウェディング特集の雑誌を読んでいた事を思い出したのです。こんな式も良いわね、確かそう言っていたように思います。私は特に何の関心もなかったので、それ以上には何の会話にも発展しなかったのですが、彼女は確かに少し淋しそうな顔をしていたようにも思えました。私はいつものように彼女の部屋に寄り、台所に立つ彼女の後姿に話しかけました。「そろそろ、結婚するか…」一瞬びくっとした彼女は驚いて振り返りました。そして涙で溢れそうな目をしてコクリと頷いたのです。

私はどうしてその彼女の気持ちに今まで気づかなかったのかと自分自身にあきれましたが、二人で結婚式場を予約し、背中を押してくれた同僚に報告すると、彼女に対する思いが今までとまったく違っていることに気づきました。この人を生涯のパートナーとして守って行くという新たな気持ちが湧いて来たのです。結婚というのはこういう事なんだ、そして式を挙げると言うのはこういう事なんだと改めて感じました。結婚式には同僚を始めたくさんの友人やお互いの両親兄弟が参列してくれ、のんびり屋の私たちを祝福してくれたのは言うまでもありません。

亡き両親への思いを込めてふたりで歩むバージンロード

結婚式を目前にして彼女の父親が亡くなり、当初は式の延長を考えたのですが、彼女はせっかく準備したのだからと、そのままの日にちでの挙式を望みました。彼女の母親は早くに亡くなっており、父一人娘一人で長く暮らして来た為に、義父はふたりの結婚を心から楽しみにしていたのです。父もそうするように言うと思うと、彼女が強く言った事もあって当初の予定通りに挙式を行う事にしました。

式の当日彼女は義父の写真を持って僕たちの控室に挨拶に来ました。これからは僕の両親が彼女の両親になる訳です。ウェディングドレス姿の彼女は本当に綺麗で、両親も思わず涙ぐむ程でした。彼女の友達も多数出席してくれる中、本来ならば彼女が義父と歩くはずだったバージンロードを僕は彼女に腕を貸し歩いたのです。義父の気持ちが少しですがわかるような気がしました。彼女を守りますと僕は義父にも誓ったのです。

挙式も披露宴もおかげさまで素晴らしいものになり、感動と喜びで何度も涙している彼女を幸せにしなくてはと僕は心底そう思い、そして彼女の両親への誓いも新たにしたのです。式場の方も彼女の状況を良く解って下さり、何かとアドバイスもしていただきました。

今僕たちは両親と同居し、楽しく毎日を過ごしています。一緒に歩いたバージンロードの思い出は彼女の父親の思い出と共にいつまでも忘れる事が出来ません。義父の死という悲しみのあった同じ年に、僕の妻になってくれた彼女を愛おしく思うとともに、心のこもった結婚式を企画して頂いて本当に良かったと事あるごとに思っています。

二人が一生で一番輝くとき感動の祝福と皆が涙した両親への手紙

子供の頃から恵まれた家庭に育ち、何の苦労もせず二十五歳の今まで両親の元で過ごした私が彼からのプロポーズを受け、新しい家庭を作る事になったのです。兄二人の末っ子で女の子、兄たちには厳しい父も私にはいつも優しく甘い父親で、兄たちのやっかみの的になる事もたびたびでした。

そんな私の結婚ですから、両親のはりきりようも大変で彼も私も少々辟易としていました。結婚は当人同士だけではなく、その家族もひっくるめてのものと言いますが、まさにその通りなのだと実感しました。結婚式場の方が私の両親にうまく話をして下さり、結婚式は私と彼を中心に考えた通りのプランで進めて下さり、本当に助かりました。両親の気持ちはありがたかったけれど、やはり二人の結婚式なので二人で納得できる内容にしたかったのです。

あくまでも華美にならず、落ち着いた温かな結婚式をと思う私と彼の意向が取り入れられた、とても良い式になったことを私も彼もそしてお互いの両親も喜び、本当に幸せに感じました。お色直しが一度の披露宴でしたが、二人の笑顔は何よりも素敵だったと出席してくれた友達からも言ってもらえ、人生で一番輝いたこの日の事をこれからも忘れないで、いつも優しい笑顔の絶えない家庭を作っていこうとあらためて心に誓いました。

お互いの両親にも可愛がってもらい、今でも時々挙式のDVDを見ながらあの時の事を話します。本当に良い結婚式が出来て幸せに思います。

バツイチ同士でこんなに温かな式が出来るなんて思ってもいなかった

私も彼女も一度結婚に失敗している手前、二度目の結婚式を挙げるなど考えてもいなかったのです。彼女もそれで良いと言ってくれていたし、何よりまた結婚しますなどと友達や知人に言う事ははばかれました。良い日を選んで籍を入れる事を二人で決めていたのです。

それでもやはり写真だけでも残そうか…と軽い気持ちで、結婚式場を訪ねてみました。そして丁寧に応対してもらい、内輪だけでも式を挙げたらどうかと提案までしてもらったのです。内輪だけでもきちんとした式を挙げる…たとえ二度目であってもそれが彼女への誠意ではないか、私の考えが少し変わりました。派手にするのではない、本当に喜んでくれる人だけでよい、せめて身近な人達には二人が結婚した事を知らせて祝福してもらいたい。そんな気持ちが強くなりました。

結婚式を挙げると決めてからの彼女はやはり嬉しそうに式場へ打ち合わせにでかけ、招待する人をお互いの両親兄弟、そして限られた友人に絞り、二人の連名で招待状を送りました。結婚指輪はいらないと言う彼女でしたが、私は内緒でシンプルなデザインの指輪を二つ用意しました。

挙式当日はお互いの両親とごく仲の良かった友人が集まってくれ、プランナーさんの温かなプランにそって本当に心あたたまる良い式になりました。何よりも彼女がとても嬉しそうに笑顔でいる事が私にとっても幸せと感じる時間でした。ウェディングドレスは気が引けると彼女は彼女のお母さんが持たせてくれたピンクの訪問着で結婚の誓いをしたのですが、私にはそんな彼女が最高の花嫁に見えました。

予定していなかった結婚式を挙げた事で、私は妻に対する責任感のようなものをより強く感じるようになりました。やはり祝福されたこの結婚を前のように簡単に投げ出したり出来ない…そう言う決意のようなものも感じます。

式当日まで二人で紡いだ思い出の数々一生に一度の事だから

プロポーズをされてから半年、式場選びから始まり、本当に忙しい日々を過ごしました。彼はあまり派手でない式を…と言い、私はセンスの良い式場で素敵なプランでのウェディングを望んでおり、二人の意見がたびたび衝突したものです。一生に一度のセレモニー、妥協はしたくなかったのです。

たとえば招待状一つとっても、彼は内容が伝わればよいのだから普通で良いのではと言い、私はデザインの細かい所まで拘ると言った風にことごとく意見が違ってしまい、何度喧嘩した事か。男の人ってそういう事には本当に無頓着なんですから。何度も打ち合わせし、何だか二人で初めての共同作業というか共通の時間を持てて、喧嘩はしてもそれはそれで幸せな時間でした。そしてやっと迎えた式の当日。家族や友達の祝福の中で私は満ち足りた思いで彼に寄り添ったのです。まるでひとつひとつが手作りの式のようで、それだけに感動もひとしおでした。

単なるセレモニーではなく、結婚式に至るまでの打ち合わせや細かな気配りなどが彼と行う共同作業で、喧嘩もしたけれどとても心に残る良い思い出になったと思います。結婚式ってきっとそういう意味も含めて、やはり自分達で式場の方にも手助けしてもらいながらプランを立てる所に大きな意味があるのだと、私は思います。プランナーさんとも仲良くなり、結婚式を挙げて本当に良かったとつくづく思っています。ちなみに結婚式では主導権を握っていた私ですが、今ではきちんと夫を立てる妻でがんばっています。

あきらめていたけれど…子連れのウェディングドレスが私を輝かせる

私はシングルマザーです。結婚しないままに子供を産んで、その娘が五歳になりました。彼とはもちろんその事もきちんと話し、お付き合いをしていました。彼の両親も最初はずい分驚かれたようですが、何度かお会いする内に娘の事も含めて可愛がってもらえるようになりました。もちろん私の両親はこの縁を大切にするようにと応援してくれています。

このまま籍だけ入れて貰えれば、それだけで充分だと私はそう思っていました。でも彼はやっぱり結婚式を挙げようと言うのです。式場を選び、いろいろと式についてお聞きし、こちらの希望も話し担当の方も親身になって様々なプランを立てて下さいました。一番うれしかったのは衣装を決めた時。あきらめていたウェディングドレスがずらりと並ぶ部屋で気に入った一着を試着した時にはもう嬉しくて嬉しくて、本当に幸せな気分に浸れました。

それでも式の日が近づくにつれて、本当に彼にとって私などと結婚する事が良い事なのだろうか…と考える事が多くなり、晴れがましい事などせずにひっそりとするべきではないのか、そういう思いがむくむくと胸に浮かんできます。

「皆さんそんな風に考えられるのですよ。結婚式がせまってくると急に不安になったり…」担当の方が笑いながら言ってくれました。可愛い奥様と可愛いお嬢ちゃまが一度に自分の所に来てくれるんですもの、ご主人様にとってはこれ以上の幸せはありませんよ。その方はこうも言ってくれました。私は胸のもやもやが晴れたような気になりました。

挙式はとても感動的で、天使のようなドレスを着た娘から小さな花束を貰った時には彼も私も涙が止まりませんでした。きっと着る事はないと思っていたウェディングドレス姿を見せる事が出来て、私の両親にも少しだけ親孝行が出来たかな、と思います。

娘を真ん中にして写した結婚記念の写真を眺めては、式を挙げようと言ってくれた彼に感謝の日々を送っています。これからも彼や家族の為に明るい良い家庭を築いていかなくてはと心に誓っています。

バージンロードを父と歩いた時そして彼へとバトンタッチされた時

父は私の結婚に好意的ではありませんでした。と言うのも彼の職業が不安定なもので堅実な父にとってはとうてい受け入れられるものではなかったからです。それでも彼はあきらめずに根気強く父を説得しました。彼は私を幸せにすると言う大きな目標がある以上、仕事の面でも必ず成功してみせると言ってくれて、私もそれを信じて彼について行こうと決めていました。父が許してくれないのなら仕方がない。母は彼の誠実さを理解してくれていましたので、それだけでも良しとしなくてはと考えていました。それでも彼はどうしても父の賛成をもらいたいと父を説得し続けていました。

私たちはまず結婚式を計画し、両親揃って出席してもらうべく動く事にしました。彼の父親は幼い頃に亡くなっており父親代わりのお兄さんがいろいろと私たちを助けてくれました。日にちを決め準備を進めるうちに私にも彼にも新しく家庭を持つのだという意識が強く生まれてきて、これからが本当の人生、今まではみんなに守られて平らかな道を歩けていたけれど、結婚というセレモニーが終われば今度は自分達でそういう道を作らなければならないという決意も生まれました。担当のプランナーの方も親身に相談に乗って下さり、父親の事も安心して話す事が出来ました。父を説得するアドバイスをくれたのもこの方でした。

結婚式のプランも決まり、案内状も出来上がった日、私と彼は父の前に座りました。父の許しを得ないままで、結婚式の段取りを決めた事をまず彼が頭を下げて謝りました。私もそれに習って頭を下げました。「お父さんの大切に育てて下さった娘さんをお母さんと同じように幸せにする事を約束します。式にはどうしてもお父さんに出席して頂きたいのです。お願いします。僕には父親と過ごした記憶がありません。どうか僕の父親になって下さい」無言の父の目元が少し動いたような気がしました。

式の当日、母と共に出席してくれた父の顔を私は一生忘れないでしょう。バージンロードを一緒に歩き私を彼に引き渡す時、はにかむように笑ったその目に浮かんだ涙と共に。あらからすでに一年余りが経ちました。父は相変わらず無口ですが、お酒を酌み交わす時など、彼とは本当の親子のように見える事もあります。思い切って式の日取りを先に決めプランを考えてもらって良かったと心から思い、担当のプランナーの方にも感謝しています。